○人を集め、感動させる
私がライフワークとして日常的に関わっているのが、ヴォイストレーニングです。「声の使い方」や「声を鍛えること」を中心に、数名のトレーナーと共にやっています。
歌手からはじめて、ミュージカル俳優や声優の人など、プロの方と多くやってきました。
私は自分のこの研究所の資金集めで、いろんな仕事で全国を飛び回っていました。日本のシンクタンク、研究所は、経済やマーケティングでさえ、技術畑の人が考えたところばかりでした。ところが、80年代から、企業がどうやって人を集めるのかと、集めた人をどうやって感動させて返すのか、ということがテーマになってきました。感性中心に、文系の頭が必要になってきたのです。そこで、文化関係の研究所がい� �つも作られ、そこでいくつもかけもちしました。
私共、舞台の仕事にはすべて、そういったことが入っています。人をどうやって集めるのか、それから集めた人をどう感動させるのか、感動させて帰さなければ、誰も来てくれなくなります。
今から二十年前、私は全国のいろんなテーマパークやホールを駆け回っていました。地方ではソフトも考えずにハコモノをつくりまくっていたので、その中身をどうするのかということでした。
イベントをどういうふうに企画したり、どういうふうにセッティングしたりするかということを考えるわけです。私のアドバイスは、一過性のイベントをどうリピートのきくライブにするかということでした。そのために世界中をまわり、多くの人と仕事をしてきました。
最近は� �せ物としては、歌とか踊りが中心ではなく、バラ園などガーデニングをつくったりすることに変わってきましたが、これも時代の流れと思っています。
○最近の声の研究
音声というのは、最近になって、ようやく研究が発展してきた分野です。音声入力の分野では著しい発達がもたらされました。今後、これは翻訳から、自動通訳のような形で実現すると思います。
どうやって発音したり、発声するのかということも解明されてきています。自動音声はかなり聞きやすくなりましたが、以前はコンピュータの合成音でした。ただし、これは音声でも、発音と言語コミュニケーションの分野で、声やのどそのものの研究ではありません。
心理面でも、どういう声がよい印象で伝わるような声になるのかということが� ��われています。「いい声になるトレーニング」の共著者、鈴木松美先生は声紋分析の第一人者です。この本には、さまざまな声の分析の図が目でわかるように載せています。そこから現実的に声をどうしたら、人にうまく働かせられるのかというところが、ヴォイストレーニングになってくるのです。
ヴォイストレーナーというと、なんとなく呼吸法や発声法をやっている、声楽家や合唱団の先生のイメージがあります。発声を身につけて歌がうまくなる方もいらっしゃいます。しかし、一般の人も最近はヴォイストレーナーにつくようになってきました。
私のトレーニングでは、基本の声づくりをしながら、実際に自分の出している声が、相手にどういうふうに働きかけるのかということを問います。まず、声が相手に届 くこと、そして、声が耳に届くだけではなく、その声が相手に働きかけ、相手があなたによい印象を持ち、そこではじめて評価されるということです。相手に評価されてはじめて、声が伝わったということになります。
舞台の仕事は、お客さんが納得するだけでなく、感動しないことには、仕事になりません。声がよいとか、歌がうまいということだけでは通じないのです。声に何がのっているかが問題なのです。
こうして、私はプロデューサー的な感覚でアレンジの要素も含め、声の演出まで手がけるようになってきました。いわゆる声だけではなくて、声とまわりのものをどういうふうに組み合わせ、それをどう価値のあるものにするかというところにまで関わっています。
○クレームに対処する声
ビジネス� �おいても、あらゆる分野であらゆる人が声と関わっているといえます。しかし、なかでもコールセンターというのは、声ととても深い関係があります。電話は姿は見えず、声だけで問われるからです。
今、声の使い方がもっとも必要とされているのが、コールセンターなのです。コールセンターというのは、お客さんの声を企業に代わって伝える仕事です。アウトソーシングとして急増しました。私も、お手伝いしています。
コールセンターとしてビジネスができるのは、クレームの処理がきちんとできるところです。クレーム処理の技術というのは、声の使い方の最前線なのです。
日本人は歌がうまくなりたいという人にカラオケ機材を開発し、ハード面から片付けていきました。
私は芸術端のことをやってい� �のですが、計測や分析に、そういうハード面も取り入れています。警察の科学調査や耳鼻咽喉科の医者、言語学者も使っているようですが、ヴォイストレーニングではここが最初でしょう。
コールセンターの管理システムというのは、かなり進歩しています。従来、オペレーターの人の後ろの方に管理するマネージャーがいて、お客さんと話が長くなると、マネージャーに代わらせていました。要するに、何分も話しているということは、クレームがこじれてきているということで、上司に変わったほうがよいからです。お客さんとの相性もあって、話せば話すほどうまくいかなくなる場合もあるのです。若い声からベテランの声になるだけで、お客さんのクレームの気勢もそがれます。お客さんの声とオペレーターの声をグラフ� �みて、お客さんが怒っているから、このオペレーターでは処理できないという判断ができるような機材もあります。
オペレーターが答えるときには、できるだけ日本語として、相手に聞こえやすく、音声を加工することです。
これはカラオケの原理と同じです。いわゆるカラオケというのは、下手な人、あまりうまく歌えない人を基準に、そういう人たちの歌が平均的にうまく聞こえるように、音響でリヴァーブがつけられています。それと同じようなものをコールセンターの中に入れて、声が聞こえにくい人とか、あまり声がよくない人でも、マイクを通すといい声に聞こえるというようなことをしているのです。
ビジネスでは、直接、声の威力がわかるのは、電話です。電話は相手が見えませんから、耳へ働きか� �る声がすべて決めていきます。
そういえば、以前は電話の講習がありましたが、今はマナーの先生にやってもらっています。新入社員研修などで、大きな声で返事ができるようにしてくれという依頼もときどきありました。
○声でイメージアップする
接客商売では、声の効果は計り知れません。居酒屋などでは応対マニュアルがあって、指導する先生も出てきました。声のトレーニングの需要は、ますますあがってきています。
今の若い人は、コンビニ、居酒屋、ファミレスでバイトをするときに、初めて大きな声であいさつをしなさいと言われます。それがちょっとしたヴォイストレーニングになっているようです。
日本人は、学校や身内で話す言葉と、社会人になって話す言葉が違うので大変です。慣れ� ��い敬語でしっかりと声を出すのはやっかいでしょう。
役者や声優を目指している人には、居酒屋などのバイトで、誰よりも声が通るようになりなさいといっています。現場で役立つよいトレーニングになるからだと思います。ただし、もとより声の弱い人には向いていません。声には、個人差がとても大きいからです。
外国の政治家などVIPには、ヴォイスティチャーといわれる人がついています。日本もスタイリストやカラーコーディネーターなどが政治家について、イメージアップをさせるようになりましたが、声については学んでいます。
日本人の偉い方の場合、しゃべりすぎると、失言問題を起こします。人前で話す訓練を経ないと、舌禍を招きかねません。というより、話した内容に突っ込まれる訓練をし ないでと、言ったほうがよいでしょう。日本の聴衆は寛容なのです。大して音声コミュニケーションが確立していないということです。
一方、人前で印象よく話すことは、ますます重要になってきています。そういう面では、さらに声の分野が重要になってくるでしょう。
ヴォイストレーニングは、すべてが欧米からきているわけでもありません。
声楽家は、欧米のノウハウで声を変えていきます。役者や声優さんの場合は、日本語ですから、オペラの声を使うわけではありません。こういうことを考えても、声の世界は、けっこう混沌としているのです。
○声を鍛える
ヴォイストレーニングにも、いろんな学校があり、いろんな方法があり、いろんなトレーナーがいます。
どこでも声の使い方を教え� ��ところが多いのですが、私は声の使い方のまえに、本来、自分のもっている声を充分に活かすところからスタートするべきだと考えています。
私たちの場合は、役者や声楽家のもつ条件づくり、つまり、声そのものを日本人のワクを超えて、根本的に変えようということからやっています。
要するに、今までに声が大して鍛えられていないのですから、徹底して鍛えて、声を強くし、タフにするということです。そこまで遡ってやっているところはありません。
ですから、声優やポピュラーの歌い手がスクールに行っても、声そのものはほとんど変わっていません。声の使い方が変わって、きれいに聞こえるようになったり、少し歌がうまく聞こえるようにはなっているくらいです。これだけでは、実際の現場では、と� �も耐えられないのです。体調の悪いときや少し年齢を取ってきたら、対応できなくなります。