短編小説の出だしの段落にはすべての情報が入っている。
「いつ」「どこで」「誰が」「何をしているか」あるいは「何をしようとしているか」。
主人公はどんな人物か。歳はどのくらいか。男か女か。相手の人物は誰か。主人公とはどんな関係か。 短いストーリーだから、たくさんの人物を織り込むことはできないが、冒頭の段落に重要な人物を登場させる。
最初の段落に、これから展開していく出来事をぼんやりとほのめかす。これを伏線という。物語のなかにはいくつかの伏線が入っているが、最初の段落の伏線が一番肝心である。これがストーリーを展開していく。
最初の五、六行に、これだけの情報を詰め込まないといけない。となると、よほど力のある作家でないとこの技術はこなせない。
久しぶり本を読んだ。短編の時代小説である。全く期待していなかったが、とても面白い。というのは、この小説は文章教室で使われる教科書のように� �冒頭の部分から、「書き方」の必要条件を全部満たしているからである。
冒頭の段落を引用してみよう。
『「兄じゃ、もっとゆっくり走れ」
と声をかけたのは田川清吉である。長身の兄の名は田川清次郎。先頭を走る若い藩士を兄は負けじと追おうとする。それを短身の弟が引き留める。兄の顔には、お前はうるさいのう、との思いが描かれている。』
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