2012年4月29日日曜日

阿部嘉昭ファンサイト: ライター修業をすると、悪い子になるかもしれない


立教04年度前期講義・後始末(阿部嘉昭)

 最初に、確認のため、このサイトの「講義内容(立教)」にしめした講義のテーマ等を貼り付けておく。


・2004年度前期 立教大学(全学年)講義(「共通自由演習10」)

全体テーマ=
現代マスコミを泳ぎきるための
全ジャンルOKのライターを目指そう
(やがては雑誌文化を変えてやろう)
――のための、具体技術助成講座

※月曜16:30-18:00
@立教大学池袋校舎5201教室
※※限定30名のゼミ形式講義ですが、
事情が理解できればモグリ学生も許容します。


以上だ。

その最初の講義はどうだったか――。


1.受講者決定大ジャンケン大会+
「オレのような食えないライターになってはいけない」(4月12日)

 もともと僕は、シラバスには「おいしい」ことを書いていた。むろん「おいしい」ことしか書けないのは、僕のエンタメ根性というか乞食根性のせいだ。篠崎(誠)君みたいな、シラバスに飴と鞭を使い分けることのできる平衡感覚がうらやましい。

 はじめてのゼミ形式講義だったので、勝手がわからなかった面があって、日文4年の原弘一君に生徒選抜のやりかたについて事後相談した。彼には限定人数講義でシラバスにおいしいことを書くなんて、と呆れられた。大人数が教室に殺到したらどう収拾をつけるんですか、と脅かす。たしかにひとコマ講義では以前、最初の回にほぼ500人が受講希望で教室に殺到したことがあった気がした。だから、若干の身震いとともに、中庭移動、その後、僕vs学生たちの、受講決定をめぐっての甲子園みたいな大ジャンケン大会を覚悟した。そして覚悟のうえは、それを派手にイベント化してやろうとも野心した(教務課からは30人以上の受講者がいた場合は、「30人きっかり」に受講者を揃えるよう、枷がはめられてもいたのだった)。

 結果は、それほどの覚悟も必要なかったということになる。教室にはほぼ100人の受講希望者が立錐の余地なくひしめいていたが、僕vs学生たちのジャンケンで、僕に勝った学生がなんと一発でほぼ30人に決まってしまった。「アイコ」「負け」の学生には、お引き揚げいただいた。そのなかには、ふだん僕の教室には存在しないようなイケイケ美形ネエちゃんコンビがいたりして、「お前ら、ちゃんとジャンケン勝てよー」と憾みものこったりしたんだけど。あとは卒業に必要な全単位取得済の学生の好意によって、単純に微調整をほどこし、受講生30名の基本を整えただけだった。

 というわけで、時間が余り、何か話をする必要が生じた。で、「オレのような食えないライターになってはいけない」という、実体験に基づいた、役に立つ講話を即興で展開した。この手の話はラクだ。ふだん飲み屋でしているようなザンゲを、シラフでやればいいだけなんだから。僕が語ったポイントは以下だったろうか。「自分の好イメージを文中に巧みに織り込め」「記事はもちこめ」「取扱い対象に詳しくなくても記事なんて書ける」「厚顔無恥でいよ」「ケーハクでいよ」「記事がある程度溜まったらファイルをつくってマメに編集部詣でをせい」「ケーハク編集者主催の飲み会にはしょっちゅう出席せい」「全方向的に人とオトモダチになろう」「決して難しい文章を書いてはならん」――ヘヘッ、僕が普段まったくしな� ��ことばかりじゃねえか。

 それから現在の編集者社会の構造からいって、女子のほうがライターになるには断然有利、男子学生は女の書き手を装うようなオカマライターを目指したほうが早道かもしれん、というキツい話をした。それと稿料の基準の話。文春の一枚一万円と、僕のよく書く媒体の一枚千円からゼロ円の、世界格差。だから僕は仕事を幾らしてもヒモなんだよね、と軽く自己卑下をキメたのち、現在はジャンル的な狙い目としてはTVネタのコラムニストが一番、という断言をおこなった。とある編集者から故ナンシー関の後釜的な若手ライターを各誌が血眼で捜しているという話を聞いていたからだ。

 むろん、こっちが自分ネタで話したかぎりは、受講決定者にも自己紹介をしてもらわねばならん。で、順に興味をもつジャンル、卒業後の計画などを質問し、それに答えてもらった。いろいろな個性が集結したなあ、という感触。

 最後に、手始めの課題を提示。周知のように池袋はラーメン激戦区。そこでのイチ押しラーメンの記事を、グルメ雑誌に載せるつもりで実地取材+メモから書いてほしい、と。16w*18行バージョンと16w*25行バージョンの2パターンで、という注文をつけた。これで第一回講義が無事終了。あとは旧知の学生と飲み屋へ。春休みにしたことの相互報告が一応の目的。とおもったら、早くも新規の呑み助(含・女子学生――大伴さん、あんたのことだ)が同席してきた。


2.「グルメ記事いろいろを検証してみよう――コラム記事から吉田健一・玉村豊男まで」(4月19日)

 この講義は前回依頼した課題の回収が最大目的。ただ、その講評は必然的に次回講義になるから、ツナギの講義をしなくちゃならない。それで、まずプリント配布したのは、講談社発行『おとなの週末』04年2月号の記事抜粋(ここでは山本益博の文章の荒廃を突いた)、文藝春秋編の『東京いい店うまい店1999-2000年版』中の「とんかつ」部分。ここではもともと味覚語彙が少ないために、「食」記事がどんなパターンを踏むかを、わりかし高級に構造分析した記憶がある。あと、『おとなの週末』の凡庸にたいし、『東京いい店うまい店』が味覚転写のうえでいかに多彩なテクをつかっているか、また字数圧縮のためにどんな技術をつかっているかの注意喚起も、部分的には逐語的におこなった。生徒はさぞや面妖だったろう―― こんな簡単な記事に、そんなメンドい技術が介在するのか、と。
 で、以下はそのプリントに紛れこませた、僕自身によるダミーコラム記事。


 深川飯。江戸庶民が急いでかきこむ、古色たっぷり、未洗練のぶっかけ飯のようだが、奥深い。あさり味噌汁、その貝のやさしさと甘さが味全体の焦点になっていて、ぶっかけるのはこれしかないと賛嘆させる。
 味噌は濃いめの赤だが淡泊。香りが飛ぶほど熱い。だが繊かな刻み海苔とともにやがて仄かな香りが鼻をつきだす。葱が味全体を更に柔らかくする。大ぶりのどんぶり一杯、当初はさらさらしていた飯粒が汁を吸い次第におじや状に膨れあがってくる。その頃には舌に味噌味の濃厚さが拡がっている。つまり食べて二度旨い、味の段階的な変化に江戸時代から続く人気の秘密があった。より淡泊なあさり炊き込みご飯とのセットもある。満腹。(阿部)

 
 これは、『おとなの週末』に載っていた深川宿の深川飯紹介記事を、まったく同じ字数・形式で僕が書き直したもの。その記事では食べ始めから最後までの深川飯の食感変化にまったく言及していない点が不満だった。で、書き直しをおこなったのだが、結果、紹介すべき基本を極端に圧縮せねばならなかった。そうした工夫と苦労を生徒たちにわかってもらったうえで、僕の語彙は基本的にグルメ雑誌に載るには少し難解/圧縮過多で、この原稿はもしかすると『おとなの週末』編集部には書き直しを命じられるかもしれん、と自己批判もした。わりと好きな原稿なんだけどね。


 次に僕が紛れこませたのは、こんな記事――。


フジヤ(とんかつ)
 仲見世通りから少し脇に入った、小さな構え。カウンター八席のみの素っ気なさ、これが食通サイトで密かに話題にのぼる隠れ名店なのか。
 主人の肉への構えがちがう。寿司職人の極上鮪の扱いを想わせる慎重な所作。やがて油の爆ぜる音が静寂を破る。繊細で一定の小音。それが約十分続くから長時間低温揚げだ。パン粉の細かい衣は色が薄く、馴染みのよさでついに肉から離れない。
 分厚く切られた特上ロースはその噛みごたえが独自。肉組織が柔らかな筋で連なり、重なっている。噛むと肉汁の甘みが拡がるが、単に叩いた肉とは食感が全く異なる。ソテーよりバーベキューに合う部位だろうか。とんかつの姿をした贅沢な肉三昧。これも一流ホテルの西洋料理長がとんかつに惹かれ転身� �たゆえか。脂身が終始、一定割合になっている配慮も肉好きには応えられない。


 むろん、容易に予想がつくように、これは『東京いい店うまい店』の「とんかつ記事」に並列させる目的でつくった記事。やはり同じ字数にしてある。『東京いい店』が、よく叩き柔らかくしたヒレとんかつばかりを褒め称える風潮が眼につき、それをちょっと批判しようという意図が最初にあった。僕は断然、ロース派だし。

 そしてここでも、店に入って、食べ終わるまでの「時間」、その転写という無駄なことが書かれている。これは字数調整にあたって、深川飯よりもさらに面倒な手続きを介したのではなかったか。結果、「肉組織」というヘンな急造語彙がそのまま残ってしまった――そのようにザンゲした。

 ダミー原稿には瑕疵があったほうがいい。そのほうが、解説が自己讃美から離れる余得もあるし、同時に生徒もその原稿を具体性をもって見つめるようになるから(別に僕は実際のグルメライターでもないわけだし)。

 ちなみに、このフジヤというとんかつ屋、ぜひ一食してみる価値がある。サイトで探すと住所も見つかるとおもう。

 講義では、その後、グルメ記事から離れ、文学の域に達した名文ということで、プリントに載せた玉村豊男と吉田健一の分析に移った(玉村豊男は『dancyu』91年12号掲載の上海蟹の食紀行文、吉田健一は『私の食物誌』からの抜粋)。

 僕は玉村さんのグルメ文を以前、徹底的に尊敬していたことがあった。文章の風格と、卑しいくらいの食い意地の拮抗のなかから、人間の食欲や生活が本当は何なのかという高尚な問題が浮上してくる。その問題提示が玉村さんの場合すごくスマートだった。同時に、彼の喚起力ある文章では、読む者は自分も食べたいと口腔に唾液を溜めながら、同時に食に淫することの浪漫を学習するようにもなる。

 吉田健一は断言名文。例のごとく、独特の翻訳調、かつ長文文体なのだが、このひとの語感は抜群で、結局、地名から食に直接関係のない薀蓄までが、読み手の食欲昂進につながるような魔法が駆使される。彼の断言の真骨頂は、「この豆腐は豆腐の味がして旨い」といった、同語反復形にとどめをさす。このとき、食世界の一切が透明化する。

 ちなみに「旨い」は男言葉、「美味しい」は女・子供がもちいる形容と、以前の日本文化では明確に規定されていたものだった。

 この講義では2年度前の日芸放送学科の生徒、松島誠くんがモグった。


3.「提出レポート"池袋イチ押しのラーメンメニュー"の大講評大会」(4月26日)


紙のアウトラインを作成する方法

 前回講義の際、提出してもらった生徒おのおのの課題をA3コピー20枚程度にまとめ、それを配って、講評に入った。とうぜんいきなりグルメ文を書こうとしても文章に無駄が出る。ひとによっては字数調整をほぼ初めて体験したという者もいる。それで配布プリントには僕自身が添削したそれぞれの文章を満載し、それをもって具体的な技術伝授を図るつもりだった。16*18行バージョンと、16*25行バージョンの2種を用意してもらったのはそのためで、ほとんどの場合、僕は彼らの提出した25行バージョンとまったく同じ情報量で、16行バージョンを書き直してみせ、かつ通りをよくしたのだった。

 具体的な技術伝授としては、まずカブリの禁止。それに正しい文の展開順序と正しい段落の割り方。加えて体言止めで文章を締めること。さらには「――かも」や「――だとか」といった、口語起源、雑誌文体特有のカタコト言葉の駆使。「である」の廃絶も当然だ。それで各文の語尾に変化をつけるほか、それでも単調になる場合は、疑問形終了や倒置などを活用しては、と、提案した。ともあれ、自分の文章がビシビシ添削され短縮されている体験は、通常の立教の講義では珍しかっただろう。受講者たちは「へええ」という感じだった。

 それと当然、ラーメングルメ記事にはパターンが生じる。ラーメンを記述する記号体系には一定の要素があるのだった(一定の要素しかない、ともいえる)。つまり――麺(縮れとストレート/細・中細・太の別)、スープ(和風/とんこつ/鶏がら/合わせ)、かえし(醤油/味噌/塩)、トッピング(チャーシュー、煮卵、シナチクなど)、残りの「独特要素」(背脂チャチャチャ系/とんこつの臭みをどう消してあるか)などなど。ラーメン記事は結局それら各要素の順列組合せという、記号論的問題しか形成しない(だからそれは非常に手近な薀蓄の宝庫となり、B級グルメ中、王座に君臨することになる)。となれば、そのような記号にあらかじめ通じていない生徒は、ラーメンサイトなどをみて、ラーメンの細部がどのよ� ��に記述されているのかすら文化論的に学ばなければならない――僕は、そうした即席の学習能力もライター修業のひとつ、とした。

 結果は意外だった。10名近くの学生が、ほぼ添削不要、完成度の高いラーメン記事をしあげてきた。配布プリントには「OK」と添え書きし、元のかたちのまま載せた。とりわけ、「つけ麺」系を書いた学生の出来がよかった記憶がある。

 すごく可笑しく、いまだにつよい印象がのこっているのは、仏文科一年生・高田摩耶さんの書いたもの。彼女は、こちらが課題を促がした段階で、ラーメンは食べられないのでどうしたらいいですか、と質問していた。「じゃ、君、何が好き?」「パン」――というやりとりがあって、彼女が提出してきたのは、「池袋一押しのカレーパン」だった。すごく「笑える」、意図的につけられた大袈裟な形容詞。字数調整課題がなされていなかったのだが、僕は彼女の意を汲み、原稿をさらに笑える方向に改変してしまった。

 この講義の終了前に、次回の提出課題をいった。論題は「私の好きな季節」、字数は800字。むろん、意味のない論題なのは承知のうえだ。女性誌に書くつもりで、といった。そして文中の「私」が架空であってもいい、むしろ演出してくれたほうが面白いと言い添えた。


4.「売れっ子女性誌ライターになるための女性コラム+記事の文体解析」(5月10日)

 ということで、この回は次回取扱い課題が載るための土壌――つまりは、女性誌の誌面空間の分析、という着眼になった。プリントで用意したのは、『MORE』
『COSMOPOLITAN』それぞれ04年4月号からの幾つかの記事。これらを選んだのは、たまさかこれらが女房殿の事務所にあり、それをもってきてもらったからにすぎない。

 女性誌でのメイン記事は、まず素材の有名性にもたれかかった記事か、あるいは編集部がどこかとタイアップしてのファッション記事・コスメ記事と、相場が決まっている。そして柔らかい口調でなされる一見提案ふうの物言いが実は「消費」の強制となるように仕組まれている。この「消費」促進がないと、女性誌の記事にならないのがミソだ。

 分析はまず、「ハワイ好き」「スキューバダイビング好き」の長谷川理恵(石田純一の恋人で当初名を売ったひとだが、マラソン挑戦ののちは次第にスーパー化/カリスマ化し、現在は石田を捨てたと囁かれているのも周知だろう)とハワイに雑誌が同行し、ハワイの魅力を探ったというメイン記事。記事は長谷川の一人称独白にちかいかたちで多く構成されるが、この「私」を実際に書いているのは誰か、という注意喚起をおこなうと誰も答えられない。「取材/文」としるされている小さなクレジットを誰もが見逃したのだった。つまり雑誌ライターの基本は、現在ではこのように無私の状態で「取材/文」がなしうる能力にある(このひとの文章力はそのリード部分に一目瞭然だった――「対句」によってリズムをつける、とい� ��高等テクが駆使されていたのだった)。

 ただ特集全体はかなりヤバく、自己矛盾に喘いでいた。まず、長谷川は自分のマラソンが挫折寸前に達したときの経験から、精神世界(精神生活)の重要性を知った、といった託宣を繰り出す。それにハワイの導師との邂逅という挿話がくっつく。そのあたり、プンプンとニューエイジの匂いを放つのだけど、自らの挫折という、ハードルの低い導入が設けられているから、読者はやすやすとニューエイジ世界にはまりこんでしまうだろう。これじゃ犯罪だ。ところが特集記事の後半ではハワイのお薦めショップ、グルメなどが細かくカタログ紹介されてゆく。ここでは物質生活の謳歌を記事が読者に提案している。つまり長谷川の信念とはまったく離反するものが記事内に同居しているという恰好。これでは読者が分裂症になってし� ��う。

 次の分析は「春ブラウス」の今年を読者に提案するというメイン記事の分析。ここでは「姉系」「妹系」という恣意的な提案が、恣意性を意識させないままなされてゆく。ファッション用語が乱舞する幻惑。度合を超えたカタコト雑誌文体がもはや自乗の域に達し、独自の甘ったるい記号体系を構築してゆく。そのなかで「あなたも――してみては?」とやられると、もう必殺だろう。加えて女性誌では写真・レイアウトがまずあり、そこに断定性のつよい短文が付帯することで、文がはじめて機能するという、文の凌辱がまかりとおっている。僕が俎上にあげたこの「ブラウス」特集が、その好個の例だった。僕自身はこういう記事に恐怖する。女生徒たちに「どう?」と訊いたところ、そんな問題は考えてもみなかった、という返� ��だった。

 で、以下は『MORE』に載っていた、一人暮らしの部屋をどうキレイにみせるかという提案記事にたいして、僕がおこなったパロディ。まずは読んでみてほしい。


 学生下宿など、いよいよ一人暮らし開始の季節。最初は不安もあるけど「小さな独立」の気分が心地よかったりする。でも、改めて見回すと、何だか自分の部屋が無個性って感じのするひとも多いのではないかな。家具は安直だし、すぐに部屋が乱雑になってしまう。何よりも統一感に欠けている。まるで友達の部屋と変わりばえがしない……数え立てていけば、次々と不満は湧くもの。
 僕は学生映画を観る機会が多いんだけど、とうぜん予算がないから下宿が撮影に使われることが多い。整理されているイマ風のレイアウトが寒々しかったりもする。そして現れる空間すべてが似ている。ここに問題があるとおもうんだ。そう、学生個々に本質的なちがいがなくなったから、それぞれの部屋も同じにみえてしまうってこと。
 「蟹は甲羅に合わせて自分の穴を掘る」って格言もある。なら、個性的なひとの部屋は自然と個性化するってことだ。で、以下がそんな個性を自分の部屋に呼ぶための僕からの提案です。
 部屋の統一などは大袈裟に考えなくていい。カーテンもテーブルも使い勝手だけ考えれば充分。乱雑さは収納スペースを最初に確保すれば避けられる。まずは押し入れやベッドの下に整理棚を置こう。台所も食器棚、洗い場下、明かり窓の棧などを活用しよう。カウチは不要。ベッドでいい。壁に何か貼るのもお薦めしない。やがて飽きるからだ。女の子の部屋すら男っぽいほうがいい。
 乱雑さの主因となる衣類はどうする? 押し入れ内のバーに収まらないものはキャスター付ハンガーへ(ファンシーケースは不可)。その衣類が個� ��化を最初に演出する。次、6段ぐらいのスチール本棚を最低ひとつ用意しよう。そこが自分の好きなものを何でも押し込めるスペースになる。最初は棚が埋まらないかもしれないけど、小物を置けばいいんだ。ただCDや単行本書籍の背表紙なら抜群のインテリアに変化する。風水を考えて黄色など同じ色の背表紙を集めるなんて、もってのほか。ただ面白く、あとあとも参照するだろう本を残しておけばいい。スペースがあるから本も買うし、本の並びを入れ替えるうち小物も別の場所へ移動しているだろう。そうして部屋がパソコンやAV機材の存在感とともに君の空間になる。
 情報に踊らされて部屋をアジアンテイストやアーリーアメリカンにしようなどと背伸びしないように。学生らしい、キリッとした統一感は、キリッと した本棚と洋服がつくるんだから、ね。


 もともとの『MORE』の記事は、アジアンテイストなど、部屋のなかを調度品からカーテンから壁紙から一色でまとめあげるのがポイントというものだった。そのためにはこういう便利なカタログもあり、それらを活用すれば一挙に「上級者」にもなれる、としていた。この記事にも自己卑下――つまり、「導入」のための低いハードルが設けられている。以前、「私」はほしい家具をあれもこれもと集めてしまい、それで部屋の統一感をなくしていたものだったという、ザンゲから記事が開始されたのだった。これでは読者は「信じて」しまう。それに反駁するため、僕はストレートに、かつ現在の学生に適したように、部屋の機能的レイアウトを、ダミーコラムのかたちで提案したのだった(同じ字数)。だから内容は本気� �けれども僕のコラムは絶対に実際の雑誌に載ることはないだろう。なぜなら、ほぼ何らの「消費」も読者にそそのかさないためだ。

 次に掲げる僕自身のダミーコラムは、『COSMOPOLITAN』の恋愛特集記事(「恋のマイナス・スパイラル/どうすれば断ち切れる?」と命名されている――有名人の語り下ろし部分は大学講義のように1限から5限まで計5コマで細分化される工夫がある)の4限目を、これまた僕自身が書きなおしたもの。もとの語り手は、ますい志保。僕は知らなかったが、明大在学中に銀座デビューし、現在は銀座のママになっているひとらしい。掲載されている写真は若く清楚な風貌を誇っていて、才気も感じられる。それで「恋愛指南者」として信憑を得ているのだろう。しかもこのひとは近年、発癌を克服したというドラマチックな経緯もあって、それで自分の語りがさらに読者にとっての現実にちかくなった幸運もあるみたいだ。


どのように選択的なサービスのためにiを登録できますか?

 記事はダメ男にどうしても引っかかってしまう女性たちに向けての、精神的な自己管理術の示唆。酸いも甘いも噛み分けた男上手ならではの明察や啖呵もあって、それなりに読めるのだが、「イイ男」の見分け方に、「相手に無理なおねだりをして、その反応をみる」だとか、「イイ男をゲットするには、友達がゲットしたイイ男から、その友達を必ず紹介してもらう」だとか、「男とスマートに別れるにはケータイに電話がかかっても絶対に出ないようにすればいい」だとかの示唆を読むと、やっぱり特殊世界の住人の言葉だという気がしてくる。一般人はこういうひとの言葉を鵜呑みにしてはいけないのではないか。それで僕が、架空の「阿部嘉子」というキャラ(むろん「有名人」かつ「美人」という設定)をつかって、語りな� ��させたのが以下のダミー記事だった。「阿部嘉子」の略歴紹介も遊びで、元のますいさんのものに似せてある。

4限目・ダメ男対応学


講師・阿部嘉子

あべ よしこ●68年、神奈川県鎌倉市生まれ。慶応大学在学中に『私は風を感じていたい』で「群像」新人賞受賞。妹との姉妹デュオ、ガーリー・ダンディでの変幻自在な歌声も人気を博した。03年からは立教大学でフランス文学の教鞭もとる。テレビ東京の昼ワイド『ミッドデイ・エンタ』での辛口コメントが好評。(取材・文/矢部嘉昭)

 いつもダメ男に引っかかってしまうという読者の方の悩みについて思うのは、ああ、この人の病気は一生治らないだろうなあってことです。その人は、たぶん面食いで、自分を褒める甘い言葉に弱い。あるいは、自分だけが相手の美点を発見できてるってことに酔うタイプでしょう。つまりそれは自分の前に現れた相手、その偶然に関わるよりも、自分の性質の必然に関わることだから、自己改造がないかぎり、絶対に治らないものなんだと私は思う。
 ただ私は、「自己改造」って言葉が嫌い。セミナーでヒイヒイいってる不況時代の企業戦士なんかをイメージしてしまうから。でも、そんなふうにつっぱねるのも酷だから、これからダメ男に引っかかるのをギリギリ回避できる女はどんなタイプなのかを考え、それで編集部か� �の依頼に代えることにしてみます。
 最初はいい気持でつきあいはじめた相手が、ふとした拍子に、「あ、こいつダメかも」と感じる瞬間って、すぐ来る。すごく自己チューだとか、考え方が偏っているとか、教養がないとか、見えっ張りだとか。ただ、そのように発見できた相手の性質って、そのまま「あなた自身」の性質の裏返しなのよね。だから相手にではなく自分にゲンナリくるのが普通だと思うの。そこでごく単純に「自分は変わらなくちゃならない」と決心するのはありうる。ただ、そうなるためには精神変化が必要です。まずは相手の発見を一挙にではなく緩やかに行う……そう、呑気になることが大事なんじゃないかと。
 呑気ってまず細部を気にしないってことでしょう? それと「何時何分にこれして」「次� �何時何分にこれして」っていうふうに、スケジュールを気にしすぎるのも呑気精神とは反対。哲学者ベルクソンは時間をカレンダーに反映させ、さらに一日を時間単位で細かく切ってゆくような営みを「時間の空間化」と呼んでいるのね。それに対し、「時間の時間化」が正しいと言う。つまり、「時間はただ流れる」と考えればいい、と。この意識をもつと人は変わる。「時間がただ流れる」から、相手がダメ男かも、と不安になったときも、その不安を打ち消そうとしなくなる。破局に向かうものはそのまま破局する……そういう達観が出始めるんですよ。だから呑気っていうのは、実は残酷なのね。そうなると、もうダメ男と出会った最初の瞬間に、動物学者のようにその男を生態観察する余裕の視線すら生まれてくる。
 女性� ��ほうに美女の自覚があるのが怖い。美男に囚われやすいから。人間ってそういう「対」に関する安定意識があるんです。だからどこか似ている人を相手に選んでしまうことも多い。でも、たとえ表面上が美男美女カップルであっても、相互の性質が下らなければ先行きなんてない。見た目のベストカップルの風評だけをキープするなんて空しい。そういう人はいっぱいいる。みんな我慢強いんだ。呑気はそんな我慢強さとも実は関係がない。
 私はこれまで「ダメ男」「ダメ男」ってちょっと残酷な言い回しを繰り返してきた。でも何がダメで、何がOKなのかは人それぞれで違う。自己チューは何かのとき冷淡な振舞をするから不安を解消できない。そういうのはハナからダメでいいんだけど、たとえば「生活力がない」というのは どうか。こうなると判断基準が一挙に複雑になってくる。だって、その場で生活力がなくても、先行きどうなるかは、その人の秘めた資質に関わっているのだから。私は個人的なことをいうと、「時間はただ流れる」派だから、そういうので才能を感じる人には近づいて、その人の変化を見極めたい気持が強い。ここでもさっき言った、相手の性質はそのまま自分の性質の裏返しっていう法則が生きている。ただ流れる時間のなかで自分に現れる変化を待っている自分、その裏返しとして、そういう相手を見つめているわけね。
 それと「生活力がない」と似た弱点はほかにもある。たとえば、「コミュニケーションが下手」とか。そういう相手に現れる変化が、雲から急に現れる日差しに思えたりもする。ただ、そんな相手を極度に� �観的に……つまり自分だけの尺度で見すぎ、入れあげてしまうのも疑問。自分が才能があると信じる相手のパトロンになって、料理をつくり、生活を支えてっていうのは、女性の経済力が向上したいま、ありがちなんだけど、やっぱりできない。程度の差はあっても相互自立が大事なんだと思います。クールでなきゃ。むろんこのクールも呑気さとは離反しない。
 見た目や、初見時の印象に左右されやすい人に学んでほしいのは、いい鼻のかたちとか、長い脚とか、高い学歴とか、相手がちらつかせる勲章の細部を計算高く見るんではなく、もっと相手を織り成している「模様」を見てほしいってことです。解りにくいかもしれない。私の言う「模様」っていうのは、その人の瞳の奥にも血液にもSEXの仕方にも怒り方にも考え方� ��も佇まいのありかたにも共通してある……抽象的な、「あると感じられる」模様のことなんですけど。どういうか、人それぞれがもつ「人間臭さ」って見事に別々で、そこに固有の模様があるんです。慎ましい模様、淋しい模様、幸せな模様、華やかな模様。そういうのに、虎系、犬系、馬系、羊系、辰系などの模様すら合わさって、さらにもっと色々な要素すら絡みあって、和服でいう「襲(かさ)ね」になっているのね。それが唯一無二。この模様だけは、その人が大人になった瞬間から不変だと思う。そこに注視すると、出会いに失敗が起きなくなるんじゃないかしら。で、その模様が見えるのも呑気な眼だけなんです。
 自分のほうが勝っていると思う女友達が、びっくりするようないい男をゲットしたと思ったことはありま せんか? それは彼女の模様とその相手の模様が照り合っただけ。だから彼女に自分の知らない魅力があったと自己卑下する必要もない。その彼女にできたいい男から、「類は友を呼ぶ」と信じて男友達を紹介してもらうのも、さもしくて私は勘弁。
 あと、ダメ男とはどうやって別れればいいんですかって質問もありました。相手からの電話をとらなければ仲は自然消滅するって考えを、私は推奨しない。ひどい相手との別れによって痛みを学ぶことは必要なんです。徹底的に口論をしたらいい。それが今後の相手の「模様」を感知できる能力につながるんだから。それと、好きになった、素晴らしい相手とやむなく別れる時が最もいい果実を人生からもらえる時なんですよ。私の好きなプルーストが書いています。「愛されるより� �愛したほうが、相手からより多くのものを得る」って。そんな獲得が自分に完全に舞い込むのが、好きになった相手との辛い別れの日々だと思うんですよね。


 ともあれ、そんなこんなで4回目の講義が終わった。この講義には日芸の昨年度の生徒、武谷さとみさんがモグっていた。


5.「提出レポート"私の好きな季節"の大講評大会」(5月17日)

 5回目の講義は、前回提出してもらったコラム「私の好きな季節」(800字)の講評。実は僕は配布するプリントを作成しようとして、愕然としていたのだった。学生みんなの、文中からもれ出てくる「私」に綾がない。そのうえでほぼストレートに、「好きな季節とその理由」が書かれてしまっている。むろんそんな自己演出のない、まっさらな「私」で書かれるのなら、それはほとんど小学生の作文と一緒だ。意外だった。つまり前回の課題――「池袋一押しのラーメン」ではあれだけの達成度をみせていたのに、「私」が関わると、一挙に学生たちの文が正直に貧困化してしまうということだ。一応は何か、現在の学生気質をみるような気がした。ただ、前言したように、僕は自分の文中で巧みに自分を売り込むような狡さがない� ��、売れっ子ライターにはなれないよ、と繰り返してもきたのだった。みんな、正直でいい子なのか。

 たとえば論文は得手だけど、柔らかい雑誌コラムは苦手、といった傾向のある前述の原弘一くんは、800字という短い枠に思いっきりフィクショナルな設定をとりつけてきた。好きな季節は夏なのだが、一人称は「俺」を使用。で、読み進むうちにその「俺」が一種の海の悪魔だともわかってくる。だから彼が夏が好きな理由には、怖気をふるわせるものが混入してくる。ロートレアモンを意識したのかなあ。講義中「読んでみて」と僕がまずいい、みんながそれに従う。読中の全員は怪訝な顔。読み終わって、しばし沈黙。「何か感想のあるひと」と質問を差し向けられて応えたのが小川実香さん。「すごくヘンです」――その即答に全員が笑う。これが原君がはじめて笑いをとった瞬間だった。

 たしかにストレートすぎる課題内容に、みなが戸惑ったところがあったかもしれない。けれどもたとえば鈴木麻美子さんの書いた「私の好きな季節=秋」は、彼女のある一瞬の身体に、地球の淋しい情感が集中するくだりがあって、ウルウルさせる。こういうふうに語りうる「自分」をもっていると強い。これは女生徒のほうにありうる傾向かもしれない。では、語りうる自分を、現在の社会構造、欲望構造では一切もちえないと考えた男子学生たちの繊細な一部は、どんな挙におよんだか。彼らは女性を装い、オカマコラムを書いたのだった。しかも女性的語尾を過剰につけて。その結果、それらは単にキモチ悪い駄文に終始した。石浜勝くん、曽根勇樹くん、小森真樹くん、きみたちのことだね。ただ、僕は彼らの見事な沈没ぶり� ��その勇気を授業中、評価したのだったが。


我々は何を参照してくださいと聞いたの覚えている

 ということで、その配布プリントでは僕自身が「私の好きな季節」を書いて、軽い範例をしめさなければならない運びとなった。で、書いたのが「盛夏」篇、「晩春」篇の以下。「盛夏」篇のほうはお気づきのかたもいるかもしれないが、拙著『AV原論』の一節のほぼ焼き直し。「晩春」篇のほうは、「私」の提示が不完全なら、「引用」で武装せよ、の示唆のつもりでつづった。どちらも、実際の「私」というより、フィクショナルな「私」を混入させてある。それと「盛夏」篇の「私」は男女どちらでも取れるように書き、「晩春」篇の「私」は完全に女と取られるように作為した。読んでみてください。


私の好きな季節――盛夏篇
              阿部嘉昭

 「真夏には死が似合う」とつづったのが三島由紀夫だった。盛夏に生まれた私には、その感触がとりわけわかるような気がする。学童だったころ、暑さしのぎでタイル張りの台所に寝そべり、白昼の庭をみやった。写真用語にいうハイキーにすべてが白く飛んでいる。蝉が鳴いているはずなのだけど、うるさいながらに声量が一定なので、もはや音として感じられない。ふりそそいでいる静寂。というか、庭で猛威をふるう「白」が音のすべてを呑みこんでしまったような、不穏な空無だった。暑いさなか買い物に行っている母親も、こんな白のなかに姿をすべて呑まれ、掻き消えてしまうのではないか。《赤き花抱きてよぎる炎天下いくたびか赤き花のみとなる》(葛原妙子)。真夏の白昼は、幼かった私には、いつもそんな不安と� ��裏になっていた。
 虚弱な子供だった。だからみずから夏の熱射をいとったし、母親から外出を禁じられてもいた。それで夏休みは、ただ長い「蟄居」の連続となったのだった。それに友達は盆季節にはみな、旅行や実家に出かけていて、この意味でも世界は大きな「がらんどう」となっていた。フランス語由来の「ヴァカンス」がもともとは王様の空位期間を指す、とのちに知る。加えて友達がいないのだから、誰も自分の誕生日を祝いにこない――自分はいつも友達を祝っているのに。そんな不均衡が自分の境遇になだれてきて、自分がより空無になった気さえするのだった。
 こうした夏が、けれども好きだった。この季節だけが、自分が消えてゆくような、あまい感触をあたえてくれたから。皮膚が弱かったので汗をかく� ��すら苦手だったが、それでも夏は私には「陽炎に入ればちょっと死ねる」ような、秘儀の季節と映っていた。
 ある夏、近くの海で友達の母親が遊泳中、心臓麻痺で死んだ。私はその死に、夏の不安を招き寄せよう招き寄せようとしていた自分が関わったのではないかと戦慄を覚えた。


私の好きな季節――晩春篇
              阿部嘉昭

 春の終わりって微妙な季節だとおもう。たとえていうなら、躑躅がすべて無残なむくろと化し、妍を競って咲き誇った薔薇のいくつかも花弁を綻ばせ腐りはじめたような季節。ヘンだといわれるかもしれないけど、私はその季節にやたら感傷的になってしまう。
 最初は理由がわからなかった。すべて瑞々しかった春が過ぎ去るのに哀悼の念を覚えているのかともおもった。春は植物の開花が世界のどこかで連なっているのだけど、「春の終わり」は、いったんその連なりが消えたように、休止符があたりに不穏に満ちている。小さいけれど、それは一年の流れのなかに唯一配された「逆の季節」かもしれないね。
 私は大体、終わりが終わり特有の荘厳さをたたえるのが大袈裟で嫌いだった。だから一年でいちばん鬱陶しかっ たのが大晦日、音楽でいちばん軽蔑していたのがベートーベンの「第九」。マッチョなアメリカンバンドの、カデンツァやコーダたっぷりの長いフィニッシュが、パンクの、スパンと余韻を断つそっけないフィニッシュへと流れを変えたときも、嬉しくて拍手喝采したいくらいだった。
 で、終わりが終わりかどうかわからない、けれどもそこに不確実な終わりを発見することも一種の趣味となってしまった。ここで質問してみます。みんな、日の終わりなら「今だ」っていえるでしょう? なら、「朝の終わり」っていえますか。私はぼうっと外を眺めていればそれが示せる。これも「春の終わり」と一緒で、何かが途切れる気配があるから。けどそれをじっと見すぎると危険かも。そういえば高柳重信という亡くなってしまった俳� �の名吟にこんなのがあったな。《まなこ荒れ/たちまち朝の/終りかな》。
 最後にダミアの戦前ヒットした暗いシャンソン「人の気も知らないで」から一節を引用。《もうすぐ春が終る/春といっしょに、行っておしまい/そしていつか私は忘れてしまう/この夢は正気の沙汰じゃなかったんだ》。


 課題「私の好きな季節」の出来に、一部の例外を除き満足しなかった僕は、ここで提出課題について発想の大転換を迫られているとおもった。情報原稿ならば機能的に書ける学生が多いのに、個性の必要な原稿なら馬鹿正直に書いて、それほど豊かでもない自分のさらけだしてしまう。そのとき、発想転換のポイントはどこにあるか。

 ここでおもいついたのは、個性の創出など、もともと人工的な手続きでもいいし、虚言を通じてでもいいのではないかということだった。それは、コラム全体を一種のパズルとして人工的に組みあげることにひとしい、とも。それでパズル的に文を織りあげるのに恰好の課題はないか、と考えはじめた。あった――武村知子さんの新しい名著『日蝕狩り――ブリクサ・バーゲルト飛廻双六』にフッと混入していた「あいうえお唄」だった。

 分かち書き詩文で、かつ、各行のアタマ一音を横に読むと「あいうえおかきくけこ…」と伸びてゆく、一種、遊戯性の高い、50音数え唄。これなら受講生はパズルのように、記述を組んでゆくだろうし、そのことでパズル型作文のおもしろさも体験できるだろう。

 ということで、僕のこの回の配布プリントの末尾に、作例として『日蝕狩り』から写し打ちした武村知子さんの「あいうえお唄」、それと僕自身の「あいうえお唄」2つの作例を付し、これと似たようなものをみなさんもつくってみてよ、とそそのかしたのだった。ここが講義全体のひとつのポイントだったと、いまになっておもう。


6.「音楽雑誌掲載コラムの吟味
――原稿が成立している要因は何か。限界はどこにあるか」(5月24日)

 音楽原稿がどうあるべきかは、とくに昨年来の僕の課題だった。むろんそれは『椎名林檎vsJポップ』上梓以後、完全に自分の責任問題ともなった。

 音楽は「印象」を呼び込む。「比喩」を呼び込む。ただ、それだけを書いても、意味が確定しにくい。だからそれは多く、危険領域に踏み込むまえに、既存の音楽文脈をつかっての「説明」や「情報提示」だけに堕してしまう。むろん、そのような原稿では記述自体が音楽化していない。それは音楽的な特有領域に入ってきていない。そう、僕自身の感想をいえば、音楽雑誌に非音楽的な原稿の載っている頻度は、映画雑誌に非映画的な原稿の載っているそれよりも、さらに高いのではないかとおもう。それらの決まりごとの俯瞰説明やジャーゴンがまず不満だった。今後、インディ音楽への注視が高まれば、何かの決まりごとに乗った原稿はさらに意味がなくなるだろう。音楽原稿は、もっと音楽化されなければ――。

 音楽の諸要素。メロディ(音形)、音色(声や楽器から発せられるもの)、リズム、ハーモニー(コード)、衝迫性、後退性、全体の音場設計、ジャンル(既存性と新規性の相互衡量)、それがバンドなら結成から解散に向けての異動、バンドメンバーの織合せ、歌詞、それがアルバムなら全体組成、作曲の成立過程、別の表現との隣接性、音楽それ自体のもつ時間性、最終的な個性や演奏能力の判断――それらは、一本の映画に関わる記述(ジャンル、画面推移、俳優演技、俳優の身体性、光、音、還元されうる物語、画面解析によって導かれるスタッフワークの連関、映画史的配慮など)よりも、もっと語彙が限定的で、記述しにくいものなのではないだろうか。これらが具体性なしに抽象的なジャーゴンで一挙かつ平板に説明さ� ��てしまうと、読者がその音楽評、もしくは音楽自体から排除される要因ともなる――そうおもう。

 むろん音楽原稿の基本は、それら多彩な諸要素をパズルのように組み立てつつ「説明」するしかないものだという気がする。しかもそのパズルの組み立て方も常に一様ではなく、扱う具体的音楽の資質によって音楽ごとに規定されてゆく。実はたいへん難度の高いものなのだった。そのうえでさらに僕は、その音楽原稿の記述そのものに、音楽性(詩)をもとめてしまう――映画原稿の記述そのものに、映画性(映像喚起力)をもとめるように。対象と同化する「愛」のない原稿など、本質的には読むに値しない。ただ、そのように言い切るには、音楽原稿に雑誌資本が予定する枠組が、たえず小さすぎるのだった。

 そういえば僕は講義第一回で、学生たちに、音楽原稿を集中的に扱うかもしれない、と予想を語った。理由は、彼らにとって音楽が身近なものだからだ。ただ、自然状態(「環境化」された状態)でしか音楽は彼らに現れていないだろうという見込みもあった。だからそれを自覚的に言語に転写することで、彼らの感覚の地殻変動をも期待したのだった。

 音楽原稿の基本は、やっぱりレビューだろうとおもう(映画もそうだ)。ところが僕の若いころと異なり、現状、レビューの重要性がかなり低まっている。雑誌の権威的記述よりも友人同士の口コミ、その親密のほうを若い世代がこのむためだ。そしてミュージシャンへのインタビュー記事だけが事大主義的に大手をふるうようになり、結果、音楽資本の望むとおりに、音楽の一局集中が強化されるようにもなった。そうした趨勢に抗うべく、僕は生徒たちに音楽レビュー原稿を書くよう仕向けたかった。

 何か、硬い言い回しがつづいた。以下、是正。

 ともあれ、そんな目論見があって、この回の講義で配布したプリントは以下のような内容となった。HMVのフリーペーパー中「不滅のディスク」を連載で紹介するコラムから、キング・クリムゾン1st『クリムゾン・キングの宮殿』を扱った回(これはエラくバランスのとれた理想的な音楽記述だった)、雑誌『STUDIO VOICE』03年1月号のロック史特集からの諸記事(以上の媒体は音楽好きの大伴薫さんから借りた)、その『STUDIO VOICE』でピックアップした盤と同じ盤を扱った記事を手持ちの『ミュージック・マガジン』系雑誌から拾ったもの、さらにはそれらの盤について、僕自身がレビューをおこなったダミー記事(面倒臭かったので字数は『STUDIO VOICE』と『ミュージック・マガジン』系の中間なら自由、とした)の幾つかを加え、プリントの最後には武村知子さん『日蝕狩り』のうち、音楽自体の描写が恐怖小説化した奇怪な例として「幻覚」の章、それと出たばかりだった『図書新聞』での僕の『日蝕狩り』書評を付した。


 プリントにピックアップした記事は、僕が好意をもったものを中心にした。弾劾が気分的に厭なので。そうしてそれぞれの記事の美質を、とくに具体性の見地から解説した。ただ音楽評論家というより有名人が書いた『STUDIO VOICE』は主観的な調子をもち、音楽評論家がロック史を回顧する文脈でつづった『ミュージック・マガジン』系の記事は、事実提示中心の客観性を貫いている。いっぽう僕自身が配布プリントに紛れこませたものは、それら双方と異なる独自性を盛ろうと意図したものだった。うまく行ったかどうか。ともあれ以下にそれをしめそう。


THE BAND/THE BAND    1969
 「グレイト・ディヴァイン」を越えアメリカに入り、各地を旅し、最後にはモロコシ畑が黄金に実っているさまに恍惚として見入る……カナダ人メンバーで構成されたザ・バンドのこの2ndアルバムではそんな異邦人の旅程が全体でたどれるようだ。恐るべきアメリカ通。だから彼らは空間はおろかアメリカの多層時間をすら通り抜けるのだった。米国史の断面が突然ひらけてゆく様子は、R・アルトマンの映画に似る。そしてアルトマン作品がジャンル映画なのと同様、ザ・バンドの音楽もアコーディオンやマンドリンが物侘びて響くルーツロックだった。ロニー・ホーキンス、ディランのもとでバックバンドに徹し「銀色の熱誠」を養った彼らの音の特徴は従順性にある。だ がこの作品で彼らはロックの召使だった自らを「不忠実な下僕」に擬する。そこに現れるメランコリーの肌理こそがクライマックスだ。ディランとの共働性がつよかった1st『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』では演奏音とリズムに粘性があったのだが、ここではモコッた録音のなかでそれを失う。ゴスペルの掛け合いを意識した3人の錯綜するボーカルからは、相変わらずグレイル・マーカスの評した亡霊が跳梁してくるが、前作では亡霊はこちらに迫ってきた。本作では遠く去ってゆく後ろ姿のほうが印象的だ。これはバンドのメランコリー体現者、リチャード・マニュエル(何と沈鬱な声!)の霊力が低減化した現れなのではないか。代わりに楽曲の輪郭づけの巧さで、のちロックビジネスの大成功者ともなるワン&オンリ� �のギタリスト、ロビー・ロバートソンが完全台頭する。ともあれ、マニュエルの歌曲づくりの「最後の」輝きをも確認できる貴重な一枚だ。(阿部)


BOB DYLAN/BLOND ON BLOND    1966
 前作『追憶のハイウェイ61』まではディランの発する言葉はたぶん破片状に聴者の体に突き刺さった。言葉の出所が不測的で怒りに満ちていたためだ。この『ブロンド・オン・ブロンド』では言葉は静かな列挙体になり、全体で一つの諧調を織り成す。一貫して銀色を感じるのは、歌唱を支える絨毯のように通奏されるオルガンの印象ゆえか。ほぼ全部がラブソングだとおもう。ディランの視線はキュビズム的な多角性でとりどりの女を刺繍してゆく。むろん喩の機能の高い歌句だから像全体も不安定。当時のロックはこんな複雑な響きをもつラブソングを経験していなかった。だから収録の「アイ・ウォント・ユー」と、暗喩の振幅を最大にしてそれを友部正人 がのち日本化した「君がほしい」とに、美しい対応もできる。パンク以後はディラン型フォークロックの音の緩さが非難され、ラッパーたちだけがディランの言葉の連射力を称賛する傾向にあるが、このアルバムではディラン節で無造作に発声され、かつ「ゆらぎ」をしめす個々の結びあわない言葉が、聴き手自らの微分を導く得難い作用がある。「彼女は女のように獲得する/女のようにSEXする/女のように痛がる/けれども彼女は少女のように壊れてゆく」のリフがある「女の如く」、傷つけた女への慚愧を不可思議語で絞り出す「スーナー・オア・レイター」が抜群。(阿部)


TELEVISION/MARQUEE MOON    1977
 ロック、その月光の銀色は回帰する。それは『ブロンド・オン・ブロンド』に現れ、ドアーズとヴェルヴェット・アンダーグラウンドの3枚目までに現れ、やや時が経過しては70年代中期、芸術的なニューヨーク・パンクに現れた。パティ・スミスとテレヴィジョンが双璧だが、ジム・モリソン由来のポエトリー・リーディングから月光性を実現した巫女的前者にたいし、後者は軋み合ってぶつかる2本の電気ギターで「人工的な」月光性を溢れせしめた。「天幕 marqueeの月」に象徴される二次性、凝縮された喩が金剛石のように光る歌詞、それまでのロック歌曲からは切断として現れた曲構成、なおかつパンク精神と応接する歪みと単純さ……当時の彼らの新しさは多々指摘できるが、高く、しかも妙なフリルすらついてひっくりかえるトム・ヴァーラインの冷やっとした声が、やはり楽音全体のプラスティック感の中心だろう(ギタリストとしても彼は冷たく炎上するリードを弾く)。そのダンディスムがルー・リードに共通するから、テレヴィジョンとヴェルヴェット・アンダーグラウンドの類縁が指摘されてきたが、鶴の頚をもつトムの男性性の「ヒステリック」は、それまで実は前例がなかった。収録曲では伝説の標題曲のほか、「ミロのヴィーナスの存在しない腕」に歌の主体が抱かれ、天 上的な窒息感で恍惚とする「ヴィーナス・ド・ミロ」、パーティからパーティへとたどる夜の冷たい体を、世代感の表明として唄ったバラード「ガイディング・ライト」がとくに効いている。(阿部)


SLAPP HAPPY/SORT OF    1972
 ドイツの音楽学校声楽科出身の歌姫ダグマー・クラウゼ、イギリスの前衛ミュージシャンにしてマルチプレイヤー、ピーター・ブレグヴァドとアンソニー・ムーアの3人組としてスラップ・ハッピーは出立した。依拠したのはヴェルヴェット・アンダーグラウンド的な、フォーキーで緩いバラード・ロック。そのリリカルな美しさだけが身上かと構えればしかし慄然とするはずだ。音の小さな隙間が定型を外し、ジャンルへの忠誠が密かに笑われている――そんな不穏な感慨に導かれるためだ。高度な音楽教養者が概念としてのポップスを提示する際の、小さな歪み。第一次活動期間中はほぼ無名だった彼らの音楽が以後長く振り返られるようになった機微がそこにある。� �えてスタジオでポップなテープ・コラージュ音楽をつくりつづけていたファウストのリズム隊がサポートしているため音全体に妙な浮遊感もあった。スラップ・ハッピーはのちヘンリー・カウと合体、ダグマーも戦闘的歌姫へと変貌してゆくので、本作での柔らかい輪郭の歌声は貴重(やがて彼女はスラップ・ハッピー再編作でそれを再び披露する)。収録曲ではサティのピアノ曲を単純歌曲化したような「スモール・ハンド・オヴ・ストーン」の憂いを帯びた響きがとくに忘れ難い。そしてこのスラップ・ハッピー『ソート・オヴ』の不思議なガールポップスの影響下に、ジーザス&メリー・チェインの流れから出たブラックボックス・レコーダーの偉大なる1st『イングランド・メイド・ミー』が間違いなく生まれた。(阿部)


 これらの記事はいずれも、自分がかつて自家薬籠中にした盤についてのものだったから、一本書くのに20分程度しか費やしていない。そうした記述の速さが、難解さを呼び出したかもしれない(講義中、そのように自己批判したし、生徒に語ってもらった印象も「難解だ」というものだったと記憶する)。ただ、どこかに『STUDIO VOICE』や『ミュージック・マガジン』系記事には稀薄だった書き手個人と音楽間の「具体的関係」が盛られているとおもう。むろん情報精度は落としていない。


 配布プリントには「おまけ」をつけた。実は『STUDIO VOICE』では多彩な才能が、ロック史上における自分の「プライベート・ベストテン」を語るコラムがついていた。多くは自分の「ロック通」を誇示するための穿った選定だったのだが、うちPHEW(懐かしい!)のは、すごく納得のゆくものだった。そのPHEWと同じ字数・形式で、僕自身の「プライベート・ベストテン」をしめしたのが以下。これはのち、一部学生の音楽探索の指針となったようだ(もともと、そんな付帯効果をもつよう意図してもいた)。


PRIVATE CHART 10
阿部嘉昭

1ELMORE JAMES/THE SKY IS CRYING
2BARBARA/L'AIGLE NOIR
3MOTHERS OF INVENTION/UNCLE MEAT
4CAPTAIN BEEFHEART & HIS MAGIC BAND/DOC AT THE RADER STATION
5VAN DYKE PARKS/DISCOVER AMERICA
6SLAPP HAPPY & HENRY COW/DESPERATE STRAIGHTS
7AKSAK MABOUR/ONZE DANSES POUR COMBATTRE LA MIGRAINE
8THE RED CRAYOLA with ART LANGUAGE/KANGAROO?
9STEVE LACY & MAL WALDRON/SNAKE-OUT
10CICALA MVTA/GHOST CIRCUS


 1は50年代シカゴブルースの粋。アップテンポのブルーム調を集めたものよりも適度にスローブルースの入るこのベスト盤がいい。彼のスライドギターは黒い粒子の震え。その脂ギッシュな歌声も黒人随一ではないか。聴くと背骨まで真っ黒になる。
 同題の編集盤は日本で幾つか出ているが、「シャンソン・ディスクドール」としてベスト編集された78年盤の2のつもり。ジャジーな響きももつ憂鬱なバラード「ピエール」にとくに愛着があるためだ。「シャンソン巫女」の多くは暑苦しい。バルバラさえドラマチックに唄いあげると窒息を導くが、50年代の「小さな歌曲」にはゾッとするほどシャープな上品さがある。好き。
 3、4はアメリカ・アヴァンギャルドの偉大。テープコラージュであれノイズギターであれ音の個 々が美的、チープで、美味しい。これがザッパ系の西欧ミュージシャンでは無理。3の愛聴で以後、聴く音楽の幅が飛躍的に拡大した。感謝あるのみ。
 5はルーツミュージック集の瀟洒な極北&映画ファン必聴。本作でカリプソなどカリブ海風の感じられる音楽が好きになった。それでライ・クーダーを聴く頻度が減る。
 6はヨーロッパの音楽エリートたちがシェーンベルク的12音階でポップソングをつくった作例集。実験は大成功している。演奏面ではリンゼイ・クーパーのオーボエの柔らかさの貢献が大。歌詞はダダか政治色丸出しだが、聴くと可愛い曲ばかり。
 7はザッパの影響下、バルトーク音階等を加味して構成音楽を実現した代表例。ベルギー=ユーロの華奢な色気もよく出ている。このバンドのリーダー、� �ルク・オランデールはクラムト・ディスクというインディレーベルの重鎮で、同レーベルの他の盤もよく、当時は天才と崇めていた。
 8は米南部のサイケバンドとして60年代から活躍しているメイヨ・トンプソン率いるレッド・クレイヨラが、前衛美術集団アート&ランゲッジと合体、女性ボーカルを前面にポップな革命歌を唄わせていた80年代の実験作。歌詞は戦闘的だが、「ミルクメイド」のようにフェミニンな小品も。
 9はソプラノサックスというジャズに不向きな楽器に枯淡の響きをあたえたレイシーの代表作。ビッグバンドで和音階を演ったり、彼の70年代以降の歩みは予想不能。ここではマルのピアノと1対1で絡む。記号論的な反復をしつつ、地中海音階とブルーノートスケールを合体させ、哀愁の宝玉が散る。� �れでも黒人的なエグさがある。
 現代日本のジャズシーンから10を。大熊ワタルのクラリネットはチンドン屋とアイラーの中間にある。そこに多彩な民族スケールが持ち込まれ、全体ではアクサク・マブールとカーラ・ブレイを合わせたような構成力が。フリーキーに個々のアドリブが炸裂し、音楽的戦闘性の楽しさも伝える。


 とうぜん、この講義の終わりで、音楽原稿の現状問題を引きつけたうえでの課題提出を生徒に募った。ただし今度は、対象はJポップに絞って、邦楽ならではの歌詞の読解要素をよりつよめてほしいとも注文をつけた。字数はやはりコラム原稿の基本である800字。

 この講義の終わりに、前回学生たちにリクエストしていた「あいうえお唄」の回収をおこなった。



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